第6回「科学と社会」意見交換・交流会を地球生命科学者・深海生物学者の北里洋さんをゲストに迎えて開催しました(2024.07.30)

 心豊かな社会をつくる会(代表:大草芳江)では、知的好奇心がもたらす心豊かな社会の創造にむけて、「科学と社会」をテーマに、毎回、各界から多彩なゲストを迎え、宮城の日本酒を交えながら、ざっくばらんに政策立案に資する議論を行うニュータイプの意見交換会を定期開催しています。
 「科学と社会」についての捉え方は、立場によって異なります。議題は、ゲストが「科学と社会」をどのように捉えているかからスタートし、その切り口から、参加者同士で議論を行います。議論の様子は、市民参加型の政策立案プロセス検証の一環として公開することにより、広く社会と共有します。
 第6回のゲストは、超深海研究の第一人者・北里洋さん(東京海洋大学客員教授)です。地球と生命が共に進化するさまを明らかにする「地球生命科学」分野の発展を先導してきた北里さん。最近では、北里さんが日本側研究調査責任者を務めた国際チームが小笠原海溝の水深8336メートルで撮影に成功した魚が「最も深い場所で確認された魚」として2023年4月、ギネス世界記録に認定され、各種メディア等でも報道されました

【参考】NHK「超深海」 世界“最深”の魚 https://www3.nhk.or.jp/.../sci_cul/2023/04/story/deepsea/
【写真】日本海溝の水深7259メートルで撮影に成功した「最も深い場所で確認された浮袋を持つ魚(矢印)」。小笠原海溝で発見された世界最深の魚とともに、日本近海の海溝は生物の天国と言える(提供:北里洋東京海洋大学客員教授)

 また、2011年3月に発生した東日本大震災では、地震・津波による海洋への影響を調査し東北の未来に役立てようと、2012年1月から10年にわたり東北マリンサイエンス拠点形成事業「海洋生態系の調査研究」(TEAMS)を研究代表者として牽引。北里さんがモデレーターを担った国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)主催の「サイエンスアゴラ2020」及び「サイエンスアゴラ2021」のTEAMSパネルディスカッションでは、大草芳江もファシリテーターとして登壇させていただきました。

◆海に生きる:3.11からの10年とこれから
https://www.jst.go.jp/.../2020/planning/planning_2201.html
◆海・山・人がつむぐ自然との共生:3.11を越えた未来へ
https://www.jst.go.jp/.../scienc.../2021/session/07-e15.html

 意見交換会では、知的好奇心に基づき生命の限界や起源を探る研究を行う一方、科学的成果を社会と共有する方法を模索し続ける北里さんが今、社会に対してリアルに感じていることを中心にお話いただきました。今回も大学や研究機関の研究者や現役学生、教育や企業、NPOなど多様な立場の方からご参加いただき、科学を市民や行政と共有するための方策や課題等について活発な議論を行うことができました。ゲストスピーカーをお引き受けいただいた北里さん、ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。議論の様子は、市民参加型の政策立案プロセス検証の一環として無記名で議事録を作成し、以下に概要を公開します。

【開催概要】
第6回「科学と社会」意見交換・交流会

【日時】2024年7月30日(火)19:00~21:00
【場所】綴カフェ(仙台市青葉区北目町4-7 HSGビル1階 https://tsuzuri.jp/
【ゲスト】北里洋さん(地球生命科学者・深海生物学者、東京海洋大学客員教授)
[略歴] (きたざと・ひろし)1948年生まれ。1976年東北大学大学院理学研究科博士課程修了。静岡大学理学部助手、助教授、教授を経て、2002年に海洋科学技術センター(現・海洋研究開発機構)入所。海洋・極限環境生物圏領域長(上席研究員)などを経て、2015年より国立大学法人東京海洋大学客員教授、現在に至る。専門は地球生命科学、深海生物学、海洋微古生物学、地質学。

議事録(概要)

ゲストの北里洋さん(東京海洋大学客員教授)による講演概要

私たちにとって地球に生きる素養とは何なのか?
:素養 としての知識と知恵、そして ”Think globally, Act locally” の大切さ 
北里 洋(東京海洋大学)

@自己紹介:北里 洋とは何者なのか?
@東日本大震災に東京にて遭遇
@東北マリンサイエンス拠点形成事業に関わる
 データを集積し、科学者・市民・行政と共有し、教育に活用したい
 科学を社会へ: 科学技術情報の流れ(誰に、何を、何のために、どのように、伝えるのか)
 Habitat mapping (生態場の複層可視化→沿岸海洋管理) 女川湾の例
 海女ワークショップ@鳥羽(海を可視化するために海女の経験を生かす)
 市民・漁業者・行政が変わるとは? 学者自身は変わらない?
@海だけでなく陸と繋げて考える
 里山―人の暮らしー里海循環
 “自然 - 人 - 暮らし”を紡ぐ場としての海辺と里山(場の階層化)
@俯瞰から現場へ(視点を変える必要性)
 自然の変遷と人工物
 災害を助長するのは人工構造物
 寺田寅彦の視点
@湾ごとに異なる自然と暮らし(志津川湾の例)
 海底地形―底質―沿岸生態系―養殖(過密養殖から適正化:環境収容力)
 地域住民との共有
@江戸の知恵に学ぶ
 東京の地形(山手と下町)地形区分(台地と低地)
 東京の原風景(広重の浮世絵、深川洲崎十万坪、鮫洲)
 江戸の俯瞰図(幕末)
 江戸前の海(アサリ生産の協働)
 ゼロエミッションに向けて人が働く(肥し、紙などの古紙再生)
@里山―里海連環を海溝まで拡張する(Ring of Fire Expedition 2022)
 超深海とは
 日本の周りは超深海だらけ(島弧・海溝系)
 超深海の調査研究には機器が鍵を握る(有人潜水艇、ランダーなど)
 世界の潜水機器など
 Pressure Drop とLimiting Factor
 潜航調査(伊豆―小笠原海溝、日本海溝、東日本大震災震源域)
 生物たち(多様な生き物たち、世界最深の魚、遺伝子解析から見えるもの)
 地球科学的成果(震源域に潜る)
 人間のフットプリントとしてのプラゴミ
 海溝も含めて陸と海の連環がある
@超深海を知ってもらいたい(サイエンスコミュニケーション)
 Hadal-U Projectの立ち上げ
 Hadal blend Coffee を作る
 Hadal Café を拠点とした超深海サロン
 超深海クルーズの立案と人材育成

講演要旨と議論の概要

 東日本大震災に遭遇し、地震・津波による海洋への影響を調査し東北の未来に役立てようと、2012年1月から10年にわたり東北マリンサイエンス拠点形成事業「海洋生態系の調査研究」を研究代表者として牽引してきた北里さんですが、データを集積し、科学者同士のみならず市民や行政と共有を図ることが如何に難しいことか、衝撃をもって気付かされたと言います。バックグラウンドや被災経験の異なる人々と思いを共有し、「科学を社会とどのように共有するか?」「人々に身のまわりの自然を親しく感じてもらうには、どうすればいいか?」、悩みながらも、理系だけでなく人文社会科学的な視点を取り入れたり、データを階層化して可視化したり、そこに住む人々の知恵を取り込みながら、科学を社会と共有するために試行錯誤してきたプロセスが具体例を交えながら語られ、科学を市民や行政と共有するための方策や課題について活発な議論を行うことができました。

 さらに海だけでなく陸とつなげて考える視点の必要性や、「里山―里海連環」の考え方、里山―里海連環を海溝まで拡張して超深海の調査研究についても解説があり、参加者(主に教育関係者)から東日本大震災震源域の潜航調査の背景や結果について活発な質問がありました。また、海の自然を学校現場できちんと教えられる教員は少ないという声もあり、特に地学や生物などの自然を教える教員の資質を高めるにはどうすればいいかという議論も行われました。このうち、参加者からあった「“里山”は人々が野山に行き草刈りや森林の枝落としなどで手入れをしていることが理解できるが、“里海”では何をしているのか?」という質問に対する北里さんの回答を、科学と社会をつなぐ知恵の具体的事例として、以下に抜粋します。

A. 東日本大震災を契機に、志津川・戸倉の牡蠣養殖を過密状態から適正な密度で養殖する方向に変えたことでよく成長するようになり、ASC(水産養殖管理協議会)認証(環境と社会への影響を最小限にした責任ある養殖の水産物である証)を受けるところまで品質が向上した。また、東京湾浦安のアサリ生産者たちは、近隣の浜と分担して浦安で生まれた稚貝を育て、成貝を浦安で買い付け、それを加工して佃煮にしていた。さらに殻は砕いて石灰にし、建物の漆喰にしたり土壌改良剤として売り出したりしている。これもその例になる。
 震災関連の話としては、岩手県の越喜来浜の漁師さんたちは、砂浜が、アマモ場であり、稚魚の揺籠でもあることを知っており、岩手県に掛け合って、防潮堤をセットバックしてもらい、浜を守っている。生態系機能を持った砂浜、岩礁などをあえて残すことで環境を守る行動をとるというのは「里海」の成功例だと思う。漁業権を持つ漁協(昔の網元に相当する)が、定置網やキスやハゼなどの漁期を調整しているというのも、産卵期を避ける措置のため、同様の動きだと理解できる。
 一方、漁師さんはそれぞれの思いで漁業に取り組んでいるため、必ずしも漁協経由、あるいは漁業者という括りのステークホルダーとしてまとめるのはよくないという参加者からの意見はその通りだと思う。いずれにしても、里海の浜や浦の単位で、地元の人々と一緒になって沿岸環境を守り育てることが行政には必要だと思う。

<宮城の日本酒>

 ざっくばらんな意見交換を促進することを目的として、季節の限定酒をご用意しました。なお、以下は用意した日本酒の銘柄、造り、使用米、精米歩合、製造年度を示しています。

1. DATE SEVEN SEASONⅡ episodo3
  「墨廼江 Style 彦星ボトル」 純米大吟醸 山田錦45% 5BY
2. DATE SEVEN SEASONⅡ episodo3
  「勝山 Style 織姫ボトル」 純米大吟醸 山田錦45% 5BY
  三年目の今回も二蔵で同じ米の同じ精米歩合で仕込む二酒のDATE SEVEN
  今回は墨廼江と勝山さんの七夕ラベルです
3. 黄金澤 大吟醸 山田錦40% 4BY
  過去に十六年連続全国新酒鑑評会金賞の大吟醸 最後の造り
4. あたごのまつ 大吟醸 出品酒 山田錦40% 5BY
  全国新酒鑑評会用に新澤醸造店の意図とは異なる香り酵母で造られた出品用大吟醸
5. 宮寒梅 純米大吟醸 三米八旨 美山錦・ひより・愛国35% 5BY
  三つのお米を混ぜるのではなく造りの各部で使用し無限の美味しさを表現した限定酒


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